2018年8月9日木曜日

オイル交換

近くのABでオイル交換を行ってきました。元気ママのムーブは5000キロ毎にオイル交換を行っていて、約5ケ月毎の交換頻度なんですが、今回は前回1月24日に交換していたので、6ヶ月半での交換になっています。
最近クルマに乗らない日が増えてきたのが原因です。
走行距離も10万キロを超過したので、突然死しないように気を配っていきたいと思います。

2018年8月8日水曜日

西日本豪雨災害ボラ活動(6)

車中泊を経た宿泊は倉敷駅前の倉敷ステーションホテルです。
過酷な支援活動の中日をホテルで休息できるのは嬉しい限りです。
初日の車中泊は完全に睡眠不足だったし、2日目のミッションに備える為、早めに就寝しました。
シングルルームなんですが、エアコンのコントロールが制限されているので、就寝中吹き出し風が顔を直撃してしまって、翌朝顔が浮腫んで腫れてしまいました。
更に設定した目覚ましも鳴動しなくて朝食時間ギリギリ起床で焦ったぁ
夕食は全員でホテル近くの梅の木に入店。
軽く生ビールを嗜みつつ同店イチオシのみそかつ定食をチョイス。
揚げずにオーブンでローストする製法という事です。元来カツはイマイチ食しないのですが、衣のパン粉を細断してまとわせているので、どちらかと言えばハンバーグ、それも豆腐ハンバーグ的な趣きでしたね。
でも完食はしましたよ。
ホテルの朝食は地下一階の白壁でいただきました。
昨日の寝不足とハードなミッションでへたり気味・・・
The・朝食といった内容でしたが、お疲れモードで満喫できませんでしたぁ
山形への帰路に立ち寄ったのは、倉敷市内のスーパー銭湯の満天の湯です。

最終日も猛暑の中での作業で大汗をかいたので、立ち寄り湯は嬉しい限りです。

帰路の夕食は宝塚北SAでいただきました。
阪神地域は訪れる機会が少ないので、どこに居るのかサッパリ判りません。
宝塚ムードが漂う施設です。
ほんとは岡山県内でお土産を買いたかったのですが、買いそびれてしまって兵庫県のここで買うしかありません。
これぞ宝塚いった雰囲気も・・・
雰囲気はさて置いて、先ずは空腹対応。
平日なれど満席のフードコートは夏休みの親子連れでごった返しています。
ボラ同志3名で道のみなとの鉄火丼大盛りをチョイス。
この地域での海鮮料理は微妙ですね。
帰りも車中泊、くたびれモード全開で帰還したら社協留守番職員が迎えてくれていました。
車中2泊の長距離ハードのボラ遠征でした。
猛暑の作業で、1名の方が初日の夕食を食べれなくなって、どうやらプチ熱中症になった様でしたが、2日目には復活できたので、結局15名全員が無事に帰ってこれました。
熱中症を恐れて計6時間だけの活動でしたが、被災地には確実な復興マーキングができたと思っています。
近年、予想を上回る災害が全国に渡って発生しています。今後も積極的に貢献したいなぁ
山新8月5日の片隅に派遣記事が掲載されていました。
片隅掲載は悲しいですが、今回魂の揺さぶりに同調した同志には報道アピールは不要です。
被災者にわかってもらえば満足です。

西日本豪雨災害ボラ活動(5)

西日本豪雨災害で被害の過酷さが際立った真備地区を抱えるボラセンターです。
初日は日曜とあって、駐車場になっているグランドには駐車車両が溢れていましたが、平日の今日は余裕が見れます。
最終日は全員でボラセンターを見学させていただきました。
平日なので体育館には余裕がありました。
でも、土日は大混雑なんでしょうね。

西日本豪雨災害ボラ活動(4)

サテライトから指示されて向かった先は、高梁川と小田川に挟まれた川辺地区の漁府(ぎょふ)さんのお宅です。
不謹慎と思い詳しく伺う事を控えましたが、単身で暮らす60代のお母さんのお宅です。
一階が完全に水没してしまって、二階で暮らしながら一階の後片付けをしていた様です。
ここのミッションは水害で被災した土壁を剥がして将来に繋げる事です。
竹で編んだ土壁をチマチマと剥がしていきます。
剥がした残渣物は土嚢袋に詰めて回収にまわします。
完成したら、竹編みだけになって、最終的には水洗して新たに左官されると思います。
柱に傷みや変形はなさそうなので、壁の再施工を行えば充分復旧できそうです。
猛暑なれど、壁を剥がせば通気が確保され、更に扇風機まで設置してもらっているので、快適とは言わずも猛暑への対応はできていると思いました。
昼食休憩時間に隣接した土手に上ってみました。
この河川は高梁川です。前方に見える鉄橋の先に氾濫の原因になった小田川と合流しています。
その合流地点で発生したバックウォーター現象によって42名の犠牲者が出てしまいました。
まさに西日本豪雨災害の象徴的な災害現場がここなんです。
土手から見た川辺地区は晴天なんですが、泥にまみれて何か沈んだ雰囲気を感じます。
14時一連の作業を完了してサテライトに戻ります。
2日目もこのお宅を訪れます。初日5名を10名にして貢献させていただきました。
2日目は10名を束ねるリーダーに任命されたので、作業に加えてマネジメントもする事になりました。過去にもやったので大丈夫でしょう。

西日本豪雨災害ボラ活動(3)

災害ボランティアセンターから指示されたのは、連日報道され甚大なる被害が広範囲に渡った真備町の川辺地区でした。支援活動を行う側にしてみれば、やりがい100%の活動地域です。
高梁川は結構な川幅があって、この河川が氾濫したら、もっととんでもない事になってしまっていたと思います。
指示されたサテライトに向かう途中に見る田畑は、泥を被って茶色に染まって手付かずになっています。
どうやら、この河川がこの地域に甚大な被害をもたらした小田川みたいですが、ここで見ると氾濫して大暴れしたとはまったく思えません。
至る所に水没して使えなくなった家財道具が瓦礫となって積み上げられたさまは、東日本大震災で目にした光景とまったく同じでした。
瓦礫の撤去も始まっていますが、ダンプが通るたびに粉塵が舞い上がってマスクとゴーグルは必需です。
大型重機もフル稼働して瓦礫の撤去にあたっていました。
東日本大震災では直ぐに判別できた到達水位の痕跡が 川辺地区ではなかなかその痕跡が見つけられませんでしたが、ようやく見つけたお宅を見ると一階天井付近まで水位があった様です。

山形県からの遠征という事で、地元放送局も取材に訪れていました。
一晩かけてようやく支援現場に到着しました。
一人の熱中症を出さずに帰る事が、最大の命題と申し合わせて戦闘開始です。
現地サテライトのコーディネータがバスの到着を待っていてくれました。
ここからは徒歩で数分先にあるサテライトに向かいます。
地区の南山新田集会所がボランティアサテライトになっていて、ここでより具体的な派遣先が指定されます。
救護所も兼ねていて、スポットクーラーや大型ファンが設置され、看護師も常駐しています。
水分、塩分、氷をはじめ、作業工具も準備された前線基地です。
担当者からの説明を受けて戦闘開始です。猛暑ゆえに作業時間は3時間に厳しく制約され、20分の作業に10分の休憩が義務付けられたので、効率的な作業とチームワークが必須です。
5人3グループに分かれて個人宅に向かいます。

西日本豪雨災害ボラ活動(2)

連日報道される猛暑に恐れを抱いたのか、応募が滞ってしまって、20名の募集に対して職員2名を含めた15名の戦士が被災地に向かいます。
運行会社のサイトシーイング蔵王から2名のドライバー も遠路を共にする同志です。
片道1000キロ近くを一晩かけて向かってくれます。
大型バスは2席を1人で使って車中泊です。
村上市の荒川胎内ICからひたすら日本海側を高速道で岡山を目指します。
新潟三条付近を走行中に花火大会の大輪が活動の成功を祈念している様に打ち上げられていました。
長距離バスでの車中泊は腰痛の懸念もあったのですが、それ以上の問題が発生してほとんど寝れずに現地に向かう事になってしまいました。確保した座席はバス後方タイヤの真上でした。リアエンジンの騒音とタイヤが受ける段差のショックで熟睡不可能。
完全な睡眠不足で初日の活動に入ってしまう事になってしまいました。
車中泊になる場合はバスの後方、特に後輪付近は避けるのが賢明ですね。学習しました。
北陸道から名神高速を経て、山陽道に入る予定がジャンクションで災害派遣の認定証の受け渡しができないトラブルに見舞われ、急遽中国自動車道に迂回。
日の出をむかえた勝央SA(岡山県)で朝食です。しかし、不眠の影響から食べれません。
次回の停車地点でコンビニ食をいただく事にしました。
8月5日8時過ぎに倉敷市の災害ボランティアセンターが設置されている中国職業能力開発大学校に到着しました。
バスの外は、連日の報道通り気温は上昇して熱気ムンムン。湿度も結構ありそうです。
ここでは、現地サテライトを指示されるだけなので、作業内容は判りません。

西日本豪雨災害ボラ活動(1)

8月4日16時、西日本豪雨災害に見舞われた岡山県倉敷市に向けてボランティアバスの出発です。
後日談ですが、今回のミッションはエージェントは介さずに、全ての手配を社協が行ったという事でした。
ホテルやバス、立ち寄り先、そして被災地側との折衝など大変な労力だったと思います。
社協各位のご尽力に敬意を表したいと思います。

出発前のセレモニーでは副市長や社協幹部の挨拶を受けましたが、まったく入ってこなくて、心は既に被災地に向かっています。
社協職員の見送りと、応援メッセージが嬉しい酸素水を頂いて出発です。
災害ボラの参加は4年前の南陽市豪雨災害の支援活動に続く16回目の参加になりました。

2018年8月4日土曜日

明日への備え

明日からの被災地活動はスーパーハードワークになるので、本日のランチはウェイト管理を無視してガッツリいこうとやってきたのは久しぶりの大龍米沢店です。
これまで焼きそばイチオシだった南陽市のふたばのメニューから焼きそばが消えてしまったら、次はここしかありません。
 辛味噌ペーストにニンニクが入っているし、普通盛りでも量が多いのでガッツリいけます。
欠点は品質のバラつきがあって、悪いと麺がベチャベチャになって出てくるので、混雑しない昼前の入店だと麺の茹でが安定して美味しくいただけるのです。
という事で、今日は当たりでした。
ついでにイチオシの餃子もチョイスしました。
これまたニンニクが効いていてスタミナ抜群です。
いささか食べ過ぎになってしまいましたが、明日からの備えは出来た気分です。

支援出発

西日本豪雨災害で甚大な被害を被った倉敷市のボランティア活動に応募して、今夕被災に向け出発します。
今回は作業そのものより、猛暑への備えを万全にしないといけません。
活動時の装備も通気性に最大の注意を払って、安価でプロ仕様のワークマンで揃えてきました。
塩分、水分の補給対応も万全です。
一昨日、主催する米沢社協から最終の案内メールが配信されてきました。
先着20名の募集に対して、結局は13名に職員2名の15名体制で現地に向かう事になりました。
先の東北震災では満員のバスで支援に向かった方々のエネルギーはもう失われてしまったのでしょうか?
現地の猛暑、平日の活動、そして経費負担が応募の障害になったものと考えられますが、小生は現地の惨状を見ると津波被害を思い起こしてしまい、これまでのボラ経験を展開したい思いで真っ先に応募しました。
往復バス代と宿泊費で\16,320の負担は、熊本や阪神の震災で東日本からのボラ支援募集の中では破格の負担額だと思います。
この金額で倉敷まで遠征して実質2日間の活動ができるのですから、主催者の頑張りに敬意を表したい思いです。
そうした中、先の案内メールによれば、嬉しい事にこの費用が無料になっていました。
これで一層頑張りができるというものです。
帰県は7日の早朝です。熱中症にならず無事帰ってこれる事を祈念して出発です。