2018年8月15日水曜日

戸沢支援

先週の倉敷真備町の支援に続いて、戸沢村の豪雨災害の支援に元気ママのムーブを駆ってはるばる130キロ先の戸沢村にやってきました。
ここは村役場に隣接する保健センターです。
ここが今回の水害支援のボラセンターになっています。
本日14日から個人参加の受付が開始され、朝9時の受付開始には行列ができていました。
盆休みによる混雑を考えれば、時期をずらしても良かったかも知れませんが、災害の規模や県内からの募集にして全国区の募集にしていない事を考えると、意外と短期間の募集になる可能性と15日以降雨天の予報が出されている事を考え合わせて、早期に出動する事にしました。
県内のTV局も全局が取材に入っていたのではないかと思うほど、カメラの中で受付作業を行いました。
取材を受けるかなぁと思っていたら、案の定、YTSとYBCの取材を受けてしまいました。放映されるのかなぁ・・・
置賜から4名と中山町1名の5名のグループを作って支援先のサテライトに向かいます。
先週倉敷真備町で一緒に活動した湯沢さんと佐藤さんと再会。
彼らも精力的に支援活動を行っている同志です。

派遣先は同村蔵岡地区です。
先ずはサテライトになっている蔵岡公民館に入ります。
1階の集会室でコーディネーターから説明を受けて、支援先に向かいます。
被害地域をサテライトから徒歩で支援先に向かいましたが、同じ豪雨災害を受けた倉敷真備町の様子とは浸水のレベルが違うので第一印象では被害の全容は分かりませんでした。
しかし、各家前に出された残骸と道路一面に泥埃が被っている事が被災を物語っていました。
ここが本日の支援先になる庄司さんのお宅です。
被災時の様子を伺ったら、赤矢印まで浸水したという事で、この地域の世帯は床上浸水を被ったそうです。
既に、屋内の泥上げは先行したボランティアにより終了しており、屋外も大方の泥上げが終わっていたので、本日のミッションは屋外周辺の仕上げを行う事になりました。
立木の除去や地表の泥を片づけて午前中で完了です。
午後は隣接するほかのグループに合流して畑の泥上げ作業を実施しました。
この蔵岡地区には一級河川の最上川に隣接していて住居の直ぐ脇にその堤防があるのですが、今回の災害は最上川が氾濫したのではなく、山側にある溜池から流れ出した雨水が被害を及ぼしたという事です。
そうした水害を防ぐ為、地区内にご覧の排水施設が昨年14億円をかけて更新されたにも関わらず、停電でまったく使い物にならなかったという事で、行く先々で住民の不満の声が聞かれました。
はたして行政はどのようにして信頼を回復させるのでしょうか・・・
途中にわか雨に見舞われましたが、15時に全員無事にミッション完了です。
泥上げ主体の活動だったので、戻ってきたメンバーも道具も泥だらけです。
道具の洗浄も一苦労で、戻りのバスに乗車できたのは16時近くになってしまいました。
ボラセンターに戻った頃には閑散として数人の担当だけが迎えてくれました。
ムーブの車中で着替えを済ませて帰還します。
近くの道の駅とざわ高麗館で土産を買ってみます。
戸沢の名産を調べても、イマイチなんですが、何やらこの地域には韓国から嫁いできた方が多い様で韓国の商品が圧倒的に陳列していました。
ボラセンターでぽんぽ館なる施設の無料入浴券をいただいたので、場所をサテライトの方に聞いたら、クルマで20分もかかる場所にあるという事で、帰宅も遅くなってしまうので断念しました。
帰省ラッシュに見舞われながら19時半に無事帰還してミッション完了です。

2018年8月13日月曜日

シャツミスト

災害ボラ活動に参加すとその度ごとに学習する事があります。
先の倉敷真備町のボラ活動では2つの学習をしました。
一つ目は、バスの車中泊になる場合の座席は前方にする事。後部の特に後輪真上は路面の段差から受けるショックをまともに受ける事に加えて、後部のエンジン音で熟睡できません。
二つ目がこれです。暑さの中で活動するなら最近ホームセンターで見かける様になった服の上から使える冷却スプレーです。
肌に直接使える冷感スプレーは使っていますが、冷感が長持ちしないので、更に服の上からでは効果は期待できないと思っていました。
倉敷真備町の活動では事前の酷暑は覚悟できていたので、社協がこのスプレーを準備してくれました。
使わせてもらったら、結構な冷却感に加えて、なんと持続性があって効果抜群ではないですか。
早速、戸沢村の災害ボラに持参するため近くのホームセンターで買ってきました。
アイスノンのシャツミストは300mlの徳用サイズなので一緒に活動する同志にも使ってもらおうと思います。

再び出動

倉敷真備町の災害支援の最中に飛び込んできた山形北部豪雨の一報は、活動中の15名には衝撃を持って捉えられました。
その時からその災害支援のボラ活動についても議論されていました。
発生から数日が経過して、戸沢村ボラセンターの開設が報じられました。
8月11日~12日は団体受付、14日から個人受付が開始されるとの事。先の倉敷支援に動いた米沢社協からもボラバス運行の動きがあるかもしれません。しかし、時節は丁度お盆休みの真っ最中となれば、この間に募集は無理でしょう。(職員だって休みたいでしょうから・・・)
これまでの災害からすれば、小規模になのでこの時期を逃せば早急に募集が終了する事も予想されます。
戸沢村なら、以前鶴岡に単身赴任していた頃にも何度か通った事もあるし、2時間弱で到達できる距離です。
となれば、個人参加で出かけましょう。事は急げというで、個人参加募集の初日の8月14日に行ってきます。15日から雨天の予報も出ているので行くなら今でしょ
日帰りなら準備もあっという間にできてしまいました。
倉敷支援の疲れも取れてきたので、十分活動可能です。残暑も厳しいでしょうから水分塩分そして冷却に万全の準備をして行ってきます。

2018年8月12日日曜日

疲労が取れない

豪雨災害のボラ活動から戻って5日が経過しても疲れが取れません。
今回のミッションはそんなに過酷なものだったとは思っていません。
力仕事でもなかったし、屋内活動だったので暑さもしのげていたし、むしろ、先の震災であった7月に東松島市で炎天下の中側溝整備をしたボラ活動の方が何倍も過酷だった様に思いましたが、その時も翌日に疲れが残る事は無かった様に思います。
ここ数日はコンビニで買ってきたキューピーコーワゴールドのお世話になっている始末です。
加齢の影響とも考えたのですが、恐らくバスでの長距離移動と車中泊がボディブローの様に疲労を蓄積させたんじゃないかと思います。
日々のランニングにも影響が出ていて、帰って数日は怠くて中止、先日から走り始めましたが距離は減らしています。
このところ気温も下がってきたので、その影響もあるかもしれませんがこの疲労感が病につながる場合もあるので要注意ですね。

2018年8月9日木曜日

オイル交換

近くのABでオイル交換を行ってきました。元気ママのムーブは5000キロ毎にオイル交換を行っていて、約5ケ月毎の交換頻度なんですが、今回は前回1月24日に交換していたので、6ヶ月半での交換になっています。
最近クルマに乗らない日が増えてきたのが原因です。
走行距離も10万キロを超過したので、突然死しないように気を配っていきたいと思います。

2018年8月8日水曜日

西日本豪雨災害ボラ活動(6)

車中泊を経た宿泊は倉敷駅前の倉敷ステーションホテルです。
過酷な支援活動の中日をホテルで休息できるのは嬉しい限りです。
初日の車中泊は完全に睡眠不足だったし、2日目のミッションに備える為、早めに就寝しました。
シングルルームなんですが、エアコンのコントロールが制限されているので、就寝中吹き出し風が顔を直撃してしまって、翌朝顔が浮腫んで腫れてしまいました。
更に設定した目覚ましも鳴動しなくて朝食時間ギリギリ起床で焦ったぁ
夕食は全員でホテル近くの梅の木に入店。
軽く生ビールを嗜みつつ同店イチオシのみそかつ定食をチョイス。
揚げずにオーブンでローストする製法という事です。元来カツはイマイチ食しないのですが、衣のパン粉を細断してまとわせているので、どちらかと言えばハンバーグ、それも豆腐ハンバーグ的な趣きでしたね。
でも完食はしましたよ。
ホテルの朝食は地下一階の白壁でいただきました。
昨日の寝不足とハードなミッションでへたり気味・・・
The・朝食といった内容でしたが、お疲れモードで満喫できませんでしたぁ
山形への帰路に立ち寄ったのは、倉敷市内のスーパー銭湯の満天の湯です。

最終日も猛暑の中での作業で大汗をかいたので、立ち寄り湯は嬉しい限りです。

帰路の夕食は宝塚北SAでいただきました。
阪神地域は訪れる機会が少ないので、どこに居るのかサッパリ判りません。
宝塚ムードが漂う施設です。
ほんとは岡山県内でお土産を買いたかったのですが、買いそびれてしまって兵庫県のここで買うしかありません。
これぞ宝塚いった雰囲気も・・・
雰囲気はさて置いて、先ずは空腹対応。
平日なれど満席のフードコートは夏休みの親子連れでごった返しています。
ボラ同志3名で道のみなとの鉄火丼大盛りをチョイス。
この地域での海鮮料理は微妙ですね。
帰りも車中泊、くたびれモード全開で帰還したら社協留守番職員が迎えてくれていました。
車中2泊の長距離ハードのボラ遠征でした。
猛暑の作業で、1名の方が初日の夕食を食べれなくなって、どうやらプチ熱中症になった様でしたが、2日目には復活できたので、結局15名全員が無事に帰ってこれました。
熱中症を恐れて計6時間だけの活動でしたが、被災地には確実な復興マーキングができたと思っています。
近年、予想を上回る災害が全国に渡って発生しています。今後も積極的に貢献したいなぁ
山新8月5日の片隅に派遣記事が掲載されていました。
片隅掲載は悲しいですが、今回魂の揺さぶりに同調した同志には報道アピールは不要です。
被災者にわかってもらえば満足です。

西日本豪雨災害ボラ活動(5)

西日本豪雨災害で被害の過酷さが際立った真備地区を抱えるボラセンターです。
初日は日曜とあって、駐車場になっているグランドには駐車車両が溢れていましたが、平日の今日は余裕が見れます。
最終日は全員でボラセンターを見学させていただきました。
平日なので体育館には余裕がありました。
でも、土日は大混雑なんでしょうね。

西日本豪雨災害ボラ活動(4)

サテライトから指示されて向かった先は、高梁川と小田川に挟まれた川辺地区の漁府(ぎょふ)さんのお宅です。
不謹慎と思い詳しく伺う事を控えましたが、単身で暮らす60代のお母さんのお宅です。
一階が完全に水没してしまって、二階で暮らしながら一階の後片付けをしていた様です。
ここのミッションは水害で被災した土壁を剥がして将来に繋げる事です。
竹で編んだ土壁をチマチマと剥がしていきます。
剥がした残渣物は土嚢袋に詰めて回収にまわします。
完成したら、竹編みだけになって、最終的には水洗して新たに左官されると思います。
柱に傷みや変形はなさそうなので、壁の再施工を行えば充分復旧できそうです。
猛暑なれど、壁を剥がせば通気が確保され、更に扇風機まで設置してもらっているので、快適とは言わずも猛暑への対応はできていると思いました。
昼食休憩時間に隣接した土手に上ってみました。
この河川は高梁川です。前方に見える鉄橋の先に氾濫の原因になった小田川と合流しています。
その合流地点で発生したバックウォーター現象によって42名の犠牲者が出てしまいました。
まさに西日本豪雨災害の象徴的な災害現場がここなんです。
土手から見た川辺地区は晴天なんですが、泥にまみれて何か沈んだ雰囲気を感じます。
14時一連の作業を完了してサテライトに戻ります。
2日目もこのお宅を訪れます。初日5名を10名にして貢献させていただきました。
2日目は10名を束ねるリーダーに任命されたので、作業に加えてマネジメントもする事になりました。過去にもやったので大丈夫でしょう。

西日本豪雨災害ボラ活動(3)

災害ボランティアセンターから指示されたのは、連日報道され甚大なる被害が広範囲に渡った真備町の川辺地区でした。支援活動を行う側にしてみれば、やりがい100%の活動地域です。
高梁川は結構な川幅があって、この河川が氾濫したら、もっととんでもない事になってしまっていたと思います。
指示されたサテライトに向かう途中に見る田畑は、泥を被って茶色に染まって手付かずになっています。
どうやら、この河川がこの地域に甚大な被害をもたらした小田川みたいですが、ここで見ると氾濫して大暴れしたとはまったく思えません。
至る所に水没して使えなくなった家財道具が瓦礫となって積み上げられたさまは、東日本大震災で目にした光景とまったく同じでした。
瓦礫の撤去も始まっていますが、ダンプが通るたびに粉塵が舞い上がってマスクとゴーグルは必需です。
大型重機もフル稼働して瓦礫の撤去にあたっていました。
東日本大震災では直ぐに判別できた到達水位の痕跡が 川辺地区ではなかなかその痕跡が見つけられませんでしたが、ようやく見つけたお宅を見ると一階天井付近まで水位があった様です。

山形県からの遠征という事で、地元放送局も取材に訪れていました。
一晩かけてようやく支援現場に到着しました。
一人の熱中症を出さずに帰る事が、最大の命題と申し合わせて戦闘開始です。
現地サテライトのコーディネータがバスの到着を待っていてくれました。
ここからは徒歩で数分先にあるサテライトに向かいます。
地区の南山新田集会所がボランティアサテライトになっていて、ここでより具体的な派遣先が指定されます。
救護所も兼ねていて、スポットクーラーや大型ファンが設置され、看護師も常駐しています。
水分、塩分、氷をはじめ、作業工具も準備された前線基地です。
担当者からの説明を受けて戦闘開始です。猛暑ゆえに作業時間は3時間に厳しく制約され、20分の作業に10分の休憩が義務付けられたので、効率的な作業とチームワークが必須です。
5人3グループに分かれて個人宅に向かいます。